結婚せずに子どもを産んだ話①

産むこと自体は1人で何も問題はない。

家族が何人いようと その時に向けて大きくなる痛みに孤独に向き合うのは自分だけだから。産むのはみんな1人だ。

  〝1人で産んだ 〟とはいえ 実際のところ その時のわたしの周りには、
 親友のうららちゃんと、写真を撮りに大学院の友達と、妹と、なぜか待合室には 妹の彼氏と 私の彼氏がいたのだった。
そこまでの話を書こうと思う。

  真冬に妊娠がわかった時私は実家に住んでいた。親に言えば反対されるのがわかっていたので 隠しきれなくなる前に実家を出る必要があった。

   産むと即決したあと一番にバイト先のマネージャーに報告した。
その時はパチンコ屋のホール係だったので 身体の負担がないカウンターに変えて欲しいと交渉したのだ。そして、
「結婚もしないし 1人で産むつもり お金が必要なので、大学院は辞めてシフトは毎日でも入ります!」
と話した。

マネージャーは 当時30代半ばの 優しくて不器用でどんくさい男の人で、そのパチンコ屋では長く一緒に仕事をしていたので 私の希望を理解してくれ 店長にお願いしてくれた。(マネージャーは出産祝いに スロットでとってくるわ!と私のリクエストしたオーブントースターをくれた 。……その数ヶ月後 何度も失敗していた自殺に成功して死んだ)

  その次に大学院の担当教授に報告した。
バイト先と同じように説明し、出産費用貯めるためバイトするので大学院は辞めて卒業は諦めると。

   そしてお腹が出てくる前に実家を出るべく、バイト先の近くにある格安のアパートをすぐに見つけた。家賃2万円台。

実家を出るまでの妊娠初期が 寝ても寝ても眠くてだるくて、家にいる時はいつも横になっていた。動物ならきっと穴蔵に籠っている時期なんだろう。

   実家を出たあとの一人妊婦期間は楽しいものだった。初めての一人暮らし バイト先は駅を挟んですぐ。
部屋は小さなおんぼろアパートに似合うアジア風で 間接照明だけ。
ボロくても古くても 絵になるムードがあればOKというのが当時の私の価値観だった。

    一人で産むと決めた時 男と一緒に子育てする 結婚する といったビジョンは想像できず選択肢として無かったので、その時 関係のある男みなに「あなた以外の男の子どもができたので 別れたい 一人で産む」と話した。

…… 結局その単身妊婦期間に 当時の私の理想を体現してるような男と出会って付き合い出すのだが……(この理想というのは今思えば 私が男ならこうなりたい というイメージだった それについてもまた考察する予定)  その彼が 出産時に病院にいた。

   徒歩3分のところにある産婦人科に通いだしたが 最初 私が結婚しておらず一人で産むのだと話した時 院長先生はいやそうな顔をして「えー?相手の男、ヤクザ関係じゃないよね?」ときいてきた。
なんでも過去 結婚せず産んだ女性の相手がそれだったらしく「なんで勝手に産ませた!?」と病院にのりこんできたらしい。

いろいろあんね、産婦人科も。

   検診にもその都度お金がかかったが、出産には32万かかるらしい。そして出産後のベビー用品の準備もしなくてはいけない。
そんなだから、大急ぎでお金を貯めた。(当時 貯金が15万しかなかったのです)
パチンコ屋にみっちり入って月18万。月に5万は出産とその後のためにとっておいた。

※当時のメモ↓ 日記がわりにいろんなことをスケッチブックやメモ帳に書いていた

 毎日が冒険だったし 高揚していたし 自分が誇らしかった。

   臨月になってバイトは辞めた。
その時点で貯金は約50万。
予定日までは家で たくさんのDVDを観て過ごした。

妊娠期間は情緒不安定だからか、映画でもいろんなシーンやセリフが 今までより自分の琴線に触れ、よく泣いていた。
元祖ベルリン・天使の詩』を観て感動したのを覚えている。
 
また 内田春菊の「私たちは繁殖している」を全部揃えて予習を兼ねて読んだ。
彼女の〝アンチ母性〟なキャラクターに共感する所があったからだ。(内田春菊はエッセイ漫画に自分のことをたくさん描いている)
 
 
   当時はよくニルヴァーナを聴いていたから、なぐがお腹の中でよく聴いた音は、 パチンコ屋の軍艦マーチ(今どき珍しい)とニルヴァーナの暗くて激しいギターの音です。

  出産予定日一か月前から 親友のうららちゃんが仕事を休んで来てくれた出産に立ち会うために。(←勘違いしてて最初1週間前って書いてて、うららちゃんから “一か月前からですぅ~!!最後社長から「まだ産まれんのか」って連絡来たんだから!”て怒られた(笑))

  大きなお腹でいると、知らないおばさんから声をかけられることもあった。(ナンパもあったが)
レジで 「まあ ーもうすぐねー!……頑張ってね!」と励まされた時は

「はぁ、ありがとうございますー」(みんなやってんだからどーってことないよー)

と気の抜けた返事しかできなかったけれど、産んだ後 、知らない妊婦に頑張って!と声をかけてしまうその気持ちがわかった。

……出産、舐めてました。
現時点で 人生1番の身体的苦痛はダントツで出産です。
人は痛みでは死なないのだな ということを学びました……。

長くなったので、そこんところはまた今度。

続きは②で