カウンセリングのすすめ 愛されたくてナイフを振り回す人へ 

  ゆまちゃんがわたしに暴力をふるってしまい、以前2人でお世話になったカウンセラーさんのところにカウンセリングを受けに行くことにした時の話をします。

わたしがわたしたちカップルの個人的な話をここでするのは、同じような境遇の誰かの役に立つはずと確信しているから。

わたしやゆまちゃんのように、ただ大切な人を愛し、その人に愛されたいだけなのに(オザケンみたいではずい)、それがうまくいかない人がいっぱいいることを知っているから。

お酒で豹変するゆまちゃんの話を以前したと思います。

 的確に感情を表現できることは生きていくうえでとても大切なことだ 。 わたしは感情を吐露できることをとても良いことだと思っている。 ...

出会った当初からいろんなシチュエーションで、

あ!これ漫画で見たやつだ!現実にもあるんだ!!

と思わせてくれたゆまちゃんですが、お酒を飲んで豹変しとうとう物理的な暴力をふるいだしたときは、それこそ漫画のようにわたしの頭の中で豆電球がピーン!💡とひらめきましたよ。

これか! 漫画や映画の中で見た昭和なちゃぶ台のある居間で酔って暴れ妻子に暴力をふるうオヤジってこれのことか! と……。

イメージ画マンガ自虐の詩より

わたしがなぐと実家にいたころは、飲み会の帰りから帰宅までの深夜が地獄の鬼電フィーバースタートでしたが、

(最近話題になっているアル中の父親のことを描いている漫画「酔うと化け物になる父がつらい」で主人公が彼氏相手に似たような経験をしていてなるほどなー!ってなった。↓)

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一緒に住みだしてからは帰宅してからが本番です。

深夜12時頃、バターン!と派手な音をたてて帰って来たゆまちゃんにベッドでふとんを被っているわたしは叩き起こされます。(←これもよく見るシーンあるあるじゃない?)

そして鬼電に出なかったことを皮切りに、わたしの対応や態度や言ったことなどいろいろな非をあげつらい怒りを飛び火させ燃え上がらせ、普段使い慣れていないへたくそな巻き舌で罵詈雑言をあびせてきます。

そして今回とうとう、布団ごしに叩く、蹴る、ベルトで打つという物理的な加害行為が出ました。(!!)

……慣れないせいでたいして痛くもないその暴力を受けながら、布団の中でわたしは思いましたよ。

「これはあかんやつや

これはぜったいゆずったらあかん境界線や

これを受け入れたら共依存のはじまりやー!」

と。

わたしはゆまちゃんと出会ったことで、

自分には理解できない人のおかしいと感じる言動やひどい言動には、その人がそうしてしまうだけの理由や背景があることがわかるようになったと以前書きました。

   人は自分の精神の安定のために、違う環境に放り込んでシャッフルしても言葉の通じる価値観のそう遠くない似たような人と寄り合い仲良くなってい...

実際のところ、ゆまちゃんがわたしをガラの悪いことばでののしったり、

ギチギチと論理的に追いつめ糾弾したりする時は、

わたしが彼女の望むように彼女を受け止めてあげなかった時なのです。

わたしが自分のことで手一杯だったり眠かったり他の人に意識が向いていて、ゆまちゃんの方を見ておらず、自分の思うような対応が返ってこなかった時、

無視された

蔑ろにされた

傷ついた!ひどい加害行為だ!!

悪いのは相手だ!責める正当性がわたしにはある!!

と自分の思うように受け入れてもらえない悲しさが怒りに転じて相手を攻撃してしまうんです。

わたしは家庭内や恋人間のDV、職場のモラハラやパワハラにもこういう「愛されたくてナイフを振り回している」パターンは多いと感じています。

自分をすごいと認めて欲しい、注目をあびて構われたい、自分を受け入れられたい………  これらの根源は本人が自覚してるかどうかはわからないけれど、

「愛されたい」

それに尽きるのではないかと。

あまりにもそれが切実で、腕力や経済力やモラルをナイフのように使い人を脅し、それらを得ようとする。

でもねー、それ、

自ら全力で「愛」から遠ざかってってるからな!!

そして、あたりまえだけど、

ナイフ振り回してる人を抱きしめようとしたら傷だらけになるから!

さいあく死ぬから!

ダメなんですよ。

たとえ助けてあげたくてもナイフを振り回す人を抱きしめようとしては。

たとえ愛からであってもナイフを振り回す人を許しては。

ダメです。

心や体が 死ぬからね。

死んだら助けることもできないからね!

自分だけは、自分の心と体が危険にさらされていることを許してはならんのです。

たとえ、愛する人であっても許してはいけない。

そこは共依存の沼ですぞ!!

溺れかけた人を助けようと沼に飛び込んでも、パニックでしがみついてこられたら泳ぎが得意な人でも溺れてしまう。助けるどころか一緒に溺れておわりです。

これは例えだけども、リアルで溺れている人を見た時はこちら↓

この記事には、溺れている人を助ける際の救助者の安全確保と周囲へ協力を求める必要性が書かれているけれど、同じですね。

第三者のプロの助けを求めましょう。

カウンセラーです。

ふたりして溺れ死ぬまえに、カウンセリングに予約をいれましょう。

ちなみにわたしたちは出会った早いうちから、ネットで探して一緒に行きました。

こだわった条件は「カウンセラーは女性がいい」 ってことぐらい。

こちらがお世話になったカウンセリングセンター。

ところで、

ゆまちゃんと付き合いだして早いうちから、母親にはわたしが同性と付き合っていることを話していました。

しょっちゅう夜中に電話をしている理由をきかれ、

彼女がいわゆる機能不全家族に育っていて、生きづらさで苦しんでいる

と、いくつかのエピソードを話した。

そのとき母親はわたしにこう言った。

「あんたが彼女をどうにかしてあげたいと思う気持ちはわかるよ。

でもな、人は人をそんな簡単には救えへんのやで。

救えると思うのは、 思い上がりやよ。」

そう、人は変わろうと本人が思い動こうとしない限り、他人がどうしたって救ってあげれることなんかないのだと今ならわかる。

酔ったゆまちゃんの物理的な加害行為から、自分を守るためにわたしが

「もう無理。これ以上は付き合えない。距離を置きたい。」と宣言したよく朝、

「カウンセリングの予約を今日中に入れます。」

と彼女は言い、そして予約をとりつけ、週末すぐに2人でカウンセリングを受けにいきました。

昨日の自分がおかしかったこと、

別れないためには自分が変わる必要があること、

第三者の助けが必要なこと、

それを彼女自身が認め、そして動いた。

それができるのがゆまちゃんのすごいところです。

だから今も、共依存の沼にふたりして沈まずに、また別れずにやってこれてるのだと思います。

深夜のこれで息子にも迷惑かけた……